世の中でコロナが広がってる間にアイドルが辞めた話
2020.4.4
香月大弥くん、桜司爽太郎くんが風男塾というグループを辞めた。
あえて「辞めた」と書いたのは、2人が卒業らしいことをなにも残さないままグループから去ったから。
これから書く話は2人の辞め方だとか、辞めた理由の推測だとか、活動期間だとか、グループへの影響だとかを書くつもりはありません。
新型コロナウイルスという存在が世の中に出回り
わけもわからないままあっという間に世界中に広まり
呑気に「ま、すぐに収まるでしょ」なんて生活してた数ヶ月前の自分の範ちゅうをとっくに超えて
ありとあらゆる人の生活に、未来に、漠然と影響し
世の中の関連業界に同じく活動を自粛せざるを得なくなったなか
自分が好きなグループで活動していた2人が、突然もう二度と会えなくなってしまった。
風男塾というグループは男装をしているアイドルだ。
男装をして姿を変え、男装したときだけに使う名前でアイドルをしている。
卒業をしたらアイドルをしている姿も含めその名前を名乗っていた人には「会えなくなってしまう」
10年以上、短くない時間活動してきたグループにはそんな風に会えなくなってしまった卒業生がたくさんいる。
2019.12.27
愛刃健水くんが卒業発表した。
先輩や後輩の卒業をたくさん見届けてきた彼が、残るメンバーやファンの為に用意したのは卒業までの1年間。
2020年から新メンバー(神那橙摩くん、偉舞喜雅くん)を含めた7人で活動すること
3月には7人での新曲の発売があり、グループにとっても聖地である中野サンプラザにまた立てることが発表された。
現場で発表を聞いた時にグループの未来に、仲のいいオタクみんなで泣いた。
2020年が楽しみでしかたなかった。
言うまでもなく大切な1年の始まりだった。
それなのに突然世の中に出回った病気が大切な時間をどんどん奪ってしまった。
危機感が高まり始めた頃、グループ初めてのミュージカルの幕が上がった。
千秋楽はほぼ満席だった。
「明日はもう公演が中止になるんじゃないか…」
というなかで、持ち歌とは違う歌やダンス、演技を熱演したメンバーに会場はスタンディングオベーションだった。
でも、それを公に手放しに喜べない世の中になっていた。
ライブ関係の自粛はさらに強まりサンプラザ公演は中止になった。
橙摩くん雅くんの初めてのワンマンライブのステージになるはずだった。
新曲のリリースイベントは新曲を発表するイベントなのに、ライブなしのオンラインイベントになり、新曲がひっそりと発売された。
もしも、大弥くんと爽太郎くんの卒業がこの情勢に関係なく決まっていたのだとしても
最後に直接笑いあったり感謝を伝えたり一緒に喜び合う機会が奪われてしまった。
どうしようもないやるせなさと悲しみが、グループの歴史やメンバーの記憶に存在してしまうことがただただ辛かった。
風男塾は地上波の歌番組でパフォーマンスが簡単に見れるグループではない、ライブやイベントに足を運んでようやくパフォーマンスが観れるグループだ。
だからこそ、グループの活動のほとんどが奪われてしまっている現状だ。
何度も何度も彼らのライブから、普段の生活の些細な心の拠り所や未来の楽しみや喜びや幸せをもらっていたのに、その大切なグループが不安の中にいることがとても辛かった。
なにもできない中で「同じ時代に生まれた若者たち」という何度もライブで見てきた風男塾の楽曲を思い出す。
“だから僕らは生きる 一生懸命に生きる
フラれても 嫌われても いじめられても生きる
生きてゆく理由など考えないで生きる
死にたい時もあるさ だけど僕らは生きる”
この曲を歌ったオリジナルのメンバーは、すでに情勢に関係ない昔に卒業してしまったけれど、たくさんのメンバーが歌い継いで来た曲。
2020年が始まって今日まで
目まぐるしくたくさんのことが変わってきたなかで
ただ一つ思うこと
収束したあとに、風男塾がまた元気にこの曲を含めたたくさんの歌を、ステージに立つ姿を、1人のオタクとして見れることを切に願っている。
同じ時代に生まれた若者たち/風男塾
2020.3.25 発売
ミュージック/風男塾